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2003-12-13

私の海外競馬ことはじめ、その2。

……12日の記事から続きます。

来年もセントスティーヴンは日本に来てくれる。私がそう信じて待ち続けている間、彼はオーストラリアで順調に勝ち鞍を重ねていました。
そのなかには、なんと彼自身の名前がついたレースまで含まれていたのです。
(なんでも、世界最高賞金額の障害レースを勝った彼の栄誉を称えて、その年だけ特別にSt. Steven Steeplechaseというレースを作っちゃったんだそうで)
そして、当地のレースシーズンの締めくくりとなる7月末、主要レースの一つであるA.V.Hiskens Steeplechaseを圧勝、史上2頭目となる2連覇の偉業を達成したのでした。
(ちなみに、最初にこのレースを2連覇したCrispという馬は、後に英国へ遠征しグランドナショナルに参戦しました。そこでなんと名馬Red Rumの2着に好走したんだそうです)
このあたりのことを、私はある障害ファンの方のサイトの掲示板で知りました。当時の私は、海外のことを知ろうにも、まず何から手を付けたらいいやらわからない状態で、いわばそのサイトが頼みの綱のような状態でした。
ちなみに。今その掲示板の過去ログを読み返してみると、A.V.Hiskensの結果を書いてあるところに「オーストラリア行きてー!」なんてレスを書いている私がいました。しかしその頃は、ただ漠然と現地で見てみたいなあ、としか考えていなかったと思います。

そうしているうちに2003年になり、1月に中山グランドジャンプへのオセアニア勢の予備登録馬が発表されました。期待通り、その中にはセントスティーヴンの名前があり、そして案の定、彼はオーストラリア代表として2年連続で選出されました。
こうして、再び彼に会えることになったのです。

……まだまだ続きますよ。

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